足利義輝の野望

「森田殿、清洲城の件、大儀であった」
上洛した森田浄雲は、いささか緊張した面持ちであった。
そもそも片田舎の一領主であった自分が、天下の将軍から直々に褒章を受けるということが、夢のようであったのだ。
「北尾張を制したこの功、見事である……よって、そなたを大和守護に任命する。」
森田大和守護は心臓が止まりそうなほどに驚いた。
守護職というだけならまだ想像もつこうというものだが、大和国といえば畿内の一大国である。
歴史も古く、山城国の平安京に都が移る前には、天皇もおわしたという。
「大和国は未だ我が勢力の及ばぬところ。しかし、そなたをあえて守護としたい」
義輝の真意は、大和の奪取にあるのだと森田大和守護は推察した。
大和といえば、わずか2歳で家督を継いだという筒井家に、三好家の一角が侵蝕しつつあるという。
政の分からぬ土豪の小童と、目の前に凛として座す将軍の、最大の敵が相手である。森田は体内にみなぎるものを感じた。
「謹んでお受けいたしまする」
森田は深々と平伏した。

「藤孝もご苦労であったな」
「はは、しかし同盟関係にある波多野の援軍に向かいましたが、あのように城下を攻撃されているようでは波多野も先は長くないと」
義輝、藤孝が先の尾張の戦いに参戦しなかったのは、三好の抑えのためであったが、予想に反して、山陰の名門・山名家が波多野家を攻め込んだ。
細川藤孝はそれに対して出陣し、八上城の救援に向かっていたのだ。
「うむ、いずれ西にも勢力を伸ばさねばならないが、まずは畿内での地位を確立せねばなるまい」
「左様にございましょう。今のままでは北や南から挟撃される恐れがありまする。
東に勢力が伸びたものの、この山城国からは遠すぎて、有事の際にはとても救援を送れませぬ……。
とはいえ、前田利家などの家臣が加わりましたゆえ、斎藤道三、織田信長といえども、清洲城を攻め入るのは難しいと存じまする」
「うむ、近いうちに大和国に攻め入ることができよう」
「山城、伊賀、伊勢の兵力をあわせれば手中に収めることも容易にできましょうぞ」

収穫の時季を迎えたころ、足利義輝ひきいる10000余の軍勢は筒井城に攻め込んだ。
対する筒井は2400の寡兵である。
むろん、わずか5歳の当主が出陣するはずもなく、あっけなく筒井城は陥落した。
「総大将の柳生宗厳が降伏いたしましてございまする」
「よし、勝ち鬨をあげろ!」
各所からえいえいと声が上がる。畿内に勢力を伸ばし、足利の軍勢はみな精強な兵に鍛えられていった。
槍もより長くなり、義輝は良馬とよばれる選りすぐりの騎馬に乗している。
「いよいよ信貴山城でございますな」
一番槍の細川藤孝が義輝の意を察した。
「三好との対決よ……」
その後、義輝と対面した筒井家の家臣たちは征夷大将軍にひれ伏し、北大和は足利の勢力下となった。